『野火』を折らない
大岡昇平の名作『野火』。戦争の残酷さと人間の本質を描いた作品。やはり持つ物は持つべきだね。

野火
新潮社
この作品を読んで思い出したことがある。
以前、テレビ番組の『探偵ナイトスクープ』で心に残った回がある。少し前のことなので、どんな内容だったかなと調べ直した。
依頼者は65歳の男性。彼の父は昭和19年、新婚5ヶ月で出征したまま戦死。依頼者はその翌年に誕生し、一度も父に会うことはなかった。数年前に亡くなった母の遺品から、父が戦地から送ったハガキが二枚見つかったが、それは母が何度も読み返していたらしく、鉛筆書きで文字はほとんど判別できない。わずかに「身重」と読める箇所があり、父が母の妊娠=自分の存在を知ってくれていたのかどうかを確かめたいという願いだった。
調査を担当した麒麟・田村(芸人)は、まず拡大コピーや専門学校の協力で文字を浮かび上がらせようとする。しかし限界があり、最終的に奈良文化財研究所へ。そこで赤外線撮影やデジタル画像処理を駆使し、専門家たちが一生懸命解読した。
レイテ島に行く前に寄った台湾から送ったらしい。戦場からの便りは検閲で内容が制限されるため、あえて個人的に出すことで届いたようだ。
そして判明したのは、父が「妊娠している妻を決して働かせるな」と繰り返し念を押し、再会の日を願いながらも気丈に言葉を綴った内容。最後には和歌まで添えられており、その一首に「心引かるゝ妊娠の妻」という表現があった。つまり、父は確かに息子の存在を知り、母と子を強く気遣っていたのだ。
依頼者はその事実に触れ、涙ながらに手紙を読み上げた。
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インキと煙草を持つて来なかつた故 不自由してゐるよ。やはり持つ物は持つべきだね。お前は大阪にゐる時から 出征したらどこかに働きに行くと言ってゐたが それは許さんぞ。どんな事があつても身重であるお前が働きに行くことは許可せん。兎角お互いが元気で会う日迄元気よく日々をすごそうではないか。亦帰れば新婚のような日々を送ろう。大三輪神社 思ひ出すよ。八日の晩の映画思ひ出して仕方ない。でもお互いが別れた今は帰るまで仕方ないやないか。何回もいふ事であるが、勝手な行動だけは厳禁するよ。最後に
酔ふ心 君に訴ふ事ばかり ただに言へない 吾が胸の内
頼むぞと 親兄姉に求めしが 心引かるゝ妊娠の妻
駅頭で 万歳叫ぶ 君の声 胸に残らむ 昨夜も今朝も
元気で。(返信不要)
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本の感想
大岡昇平が描くフィリピン戦線の物語。主人公は結核で部隊から見放され、一人でジャングルを彷徨う。飢えと孤独の中で、人間は何を失い、何を保つのかを描いている。
戦場で生き延びることの苦悩。 私は、この本を折らない。電子書籍版で購入したからだ。